電通への強制捜査、その真意を読み解く4つのポイントとは?
10月14日、東京労働局の特別対策班が、電通の本社に立ち入り調査に入ったというニュースが報道された。
■立ち入り調査の意義
本稿においては、今回の立ち入り調査の意義について、4つの着眼点と政府の狙いについて申し上げたい。■「かとく」が動いた
第1は、電通に立ち入ったのが労働基準監督署の監督官ではなく、東京労働局の「かとく」(過重労働撲滅特別対策班)であったということだ。「かとく」は、重大性や悪質性の高い労働基準法違反を取り締まる役割を担うため、2015年にベテランの労働基準監督官を集めて、東京および大阪の労働局に新設された組織である。
通常、企業に労働基準法違反の疑いがあった場合、立ち入り調査を行うのは、その企業の所在地を管轄する労働基準監督署の監督官である(電通本社の場合は三田労働基準監督署)。しかし、今回「かとく」が立ち入ったというのは、厚生労働省や東京労働局が、この事件をそれだけ重要視し、本気で取り締まりを行うという姿勢を見せていることであることは間違いない。
■立ち入りは「抜き打ち」だった
第2は、立ち入り調査が「抜き打ち」であったということだ。労働基準監督官が調査を行う場合、定期調査の場合や、労働者からの申告に基づく調査であっても違法性や証拠隠滅の恐れが小さいと考えられる場合は、あらかじめ調査の日時を通知した上で、立ち入りが行われたり、労働基準監督署に出頭を命じられたりする。
今回は、事前の通知がなく、「抜き打ち調査」であったと報道されているので、「かとく」は、電通の労働基準法違反が重大なものであるという認識を持って、調査に当たっているのだと考えられる。
■官房長官のコメント
第3は、この立ち入り調査について、菅官房長官がコメントを発表したということである。一企業に対する労働基準法違反の立ち入り調査について、官房長官がコメントを発表するというのは異例であるが、日本経済新聞は次のように報じている。
「菅義偉官房長官は14日の記者会見で、電通への東京労働局の立ち入り調査について「結果を踏まえ、過重労働防止に厳しく対応する」と述べた。その上で「働きすぎによって尊い命を落とすことがないよう、働く人の立場にたって長時間労働の是正、同一労働同一賃金を実現したい」と話した。
官房長官「過重労働、厳しく対応」 電通立ち入り調査受け 2016/10/14」
有名企業である電通の過重労働を厳しく取り締まり、これに対するコメントを官房長官が発表したという事実を踏まえると、「一罰百戒」の意味を持つ国策捜査であったという一面も否定できないであろう。
国策捜査が良いか悪いかの議論はここではしないが、国が過重労働の取り締まりにどれだけ本気であるかを国民に知らしめたという点においても、今回の立ち入り調査は重要な意義があったと考えられる。
長時間労働を美徳と考えたり、美徳とまでは言わずとも「必要悪」だと考える経営者や管理職はまだまだ少なくないので、そのような価値観を打ち壊すきっかけになってほしいものである。
■電通という「勝ち組」の会社に立ち入った
第4は、世間の一般的な評価として、「ブラック企業」ではなく、むしろ「エクセレント企業」とされている電通に対して立ち入り調査が行われたということである。これまで過重労働がニュースで大きく取り上げられたのは、靴小売の「ABCマート」の書類送検や、棚卸代行の「エイジス」の社名公表処分などであった。あるいは、「すき家」のワンオペ、「ワタミ」の過労自殺といったよう、どちらかというと、非正規社員を多く雇用し、低賃金で重労働になりがちな小売業や飲食業が話題の中心であった。
しかしながら、今回は「電通」という、給与水準も高く、新卒で内定を得られたら「勝ち組」と称えられる一流企業に「かとく」が立ち入ったわけである。
この点、私の肌感覚ではあるが、広告代理店、テレビ局、総合商社のように、激務であるが給与水準が高い会社に関しては、これまで「十分な待遇が保証されているから、激務も容認される」というような暗黙のトレードオフが存在していたのではないかと感じる。
だが、今回の電通への立ち入り調査をひとつのきっかけとして、そのようなトレードオフは正当化して良いものではなく、過重労働が発生していれば、どのような企業であっても取り締まられるべき、という社会的風潮の形成が進むのではないかと私は思う。
■国が過重労働を厳しく取り締まる理由
それでは、なぜ国はこのような過重労働を厳しく取り締まる姿勢を示すようになったのであろうか。私は、安倍首相が「働き方改革」を強調しているよう、日本の活力や国際競争力を維持するためには、過重労働の防止や、企業の労働生産性を高めることが不可欠だ、という考えを、政府が本気で持つようになったからではないかと考えている。
現代は「国際化社会」と言われて久しいが、労働力の国際化も進んでおり、日本企業に魅力がなければ、優秀な日本人は海外企業に流れるし、逆に優秀な外国人労働者も日本企業で働きたいとは思わないであろう。そうなると、日本企業は徐々に競争力を失っていくことになりかねない。
過重労働を厳しく取り締まることには、日本企業に効率的な働き方ができる企業体質への脱皮を促し、働く人にとっての日本企業の魅力を高めたいという狙いもあるのではないだろうか。
また、効率的な働き方は、ワークライフバランスの実現にもつながるので、婚姻率の上昇や、高齢化社会の中で介護と仕事の両立の土台にもなるであろう。
さらには、効率的な働き方により、日本企業の労働生産性が高まれば、企業の利益率も改善することが期待される。個別企業においては例外もあるが、総論的に言って、日本企業は、売上はそれなりにあっても、利益率ベースでは欧米の企業の後塵を拝しているという印象がある。
上場企業であれば、株価は基本的には利益によって決まるので、日本企業全体の利益率が高まれば各企業の株価や、日経平均、TOPIXといった株価指数も上昇が期待される。それが実現すれば、日本国民の公的年金資金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)や、個人個人が自己責任で運用している確定拠出年金(401k)の運用利回りも、自ずからアップしていき、老後に対する不安も軽減するのではないだろうか。
このように見ていくと、日本の将来をかけ、過重労働の取り締まりが行われているといっても大げさではないのではないかと私は感じている。
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