会社は「労働時間」と「タイムカード」のズレをどのように管理すべきか

投稿日:2017.07.03|カテゴリー: 労務管理

bc80812f137c9c76b0a0c6186d9bb218_s
近年、サービス残業や長時間労働に対する取締りが厳しくなり、また社員との信頼関係を築くためにも、適切な労働時間の管理が重要な経営課題となっている。

■裁判では「タイムカードの時間=実労働時間」

このような流れを受け、最近増えている実務相談の1つに、タイムカードの打刻と、始業時刻や終業時刻のズレの管理方法についての相談がある。

法的に正しく労働時間管理を行うには、1分単位で労働時間の記録や残業代の支払が必要であるが、職場の入口に設置されているタイムカードや、ゲートの通過などで出退勤の管理を行っている場合、タイムカード等に打刻された時間と、実際の始業時間や就業時間にはズレが生じてしまう。

しかしながら、未払い残業で裁判になった場合、会社が別段の立証をできなければ「タイムカードの時間=実労働時間」と認定され、タイムカードに打刻をされた全ての時間に対して残業代の支払を命じられてしまうので、少なからずの会社が悩みを抱えている。

この点、実際に社員が働いた時間に対して残業代を支払うのは、言うまでも無く当然である。

しかしながら、業務終了から打刻までの数分間の残業代ならまだしも、業務終了からタイムカード打刻までタバコを吸いながら同僚と雑談をしていたり、残業中に夕食を食べに中抜けした時間まで残業代を支払うことになってしまったら、会社としては納得がいかない。

ところが、昔ながらの単純なタイムカード管理だと、裁判になった場合、タバコ雑談や食事の中抜け時間まで、残業代にカウントされてしまうリスクがあるのだ。

この問題を解決するためには、実務上、4つのポイントがある。

 

■残業や早出は指示書や申告書に基づいて行う

第1は、残業や早出は指示書または申告書に基づいて行わせるということである。

タイムカードだけで社員の時間管理を行っていると、タイムカードに打刻された時刻が退社時刻なのか業務終了時刻なのか曖昧になってしまう。そして、前述したように、社員と会社が何らかの事情で裁判になった場合、裁判所はタイムカードに打刻された時刻を「業務終了時刻」と認定するのだ。

そこで、会社としては、無用の争いを避けるため、タイムカードは「職場への入場および職場からの退出の時刻を打刻した勤怠管理の参考情報である」という位置づけをはっきりさせておかなければならない。

その上で、会社から残業や早出を命じる場合には「時間外勤務指示書」により時間外勤務を命令し、社員が残業や早出を希望する場合には、あらかじめ「時間外勤務申請書」により申請の上、上長の承認があった場合には時間外勤務を許可するという労務管理フローを徹底させるのである(事後申請はやむを得ない場合に限り認める)。

また、時間外労働を行った後は、実績も上長に報告する必要がある。実績を報告する際には、承認された残業時間と実績にズレが生じた場合はその理由と、食事や私用などで時間外労働中に中抜けした場合は、中抜けした不就労時間の申告も必要である。

このように時間外労働を命令または承認する場合のルールが社内で徹底されていれば、タイムカードの打刻時間がそのまま労働時間だと認定されるリスクは大きく減らすことができる。

 

■15分以上のズレは理由の記録を残す

第2は、タイムカードと実労働時間に15分以上ズレがあった場合には、本人から上長に理由を申告させるということである。

「15分」というのは私の実務感覚であるが、タイムカードを職場への入退出記録として利用している場合、終業時刻から15分以内に打刻されていれば、裁判になった場合や労働基準監督署の調査等があった場合にも、概ね定時に業務終了したと推定してもらえる。

とくに、職場の出入口にタイムカードが置かれていたり、ビルのゲートの通過で入館・退館を管理しているような場合は、業務終了と打刻にズレが生じるのは不可避であろう。

であるから、所定終業時刻から15分以内にタイムカードの打刻があり、時間外労働の命令書や申請書が出ていなければ、基本的には所定労働時間就業したものとして扱って差し支えないであろう。

所定終業時刻とタイムカードの打刻に15分以上のズレがあり、時間外労働の命令書や申告書が出ていない場合には、都度、上長は理由を確認の上、法定帳簿であり、会社の正式な労働時間管理帳票である出勤簿には、そのズレの理由を書き込んでおくようにしたい。たとえば、「私事で友人から携帯に電話がかかってきたため」とか「社内の同好会に参加していたため」というような記述になるであろう。

なお、絶対に勘違いして頂きたくないのは、私が言いたいのは「15分以内の時間外労働なら闇に葬って良い」ということではないということである。私が15分と言っているのは、職場のレイアウトなどの事情で結果的に終業時刻とタイムカードの打刻がズレる場合のことであり、たとえば終業時刻間際に電話がかかって来て、その対応で終業時刻を数分過ぎたなら、その数分は時間外労働である。

また、しばしば相談を受けるのは、朝早く出社する社員への対応である。実務上は、退社の時刻ほど厳しくズレを指摘される可能性は低いが、やはり始業時刻よりも15分以上早くに打刻されており、それが業務命令に基づく早出でない場合は、出勤簿には「私的な習慣のため」とか「コーヒー・新聞等」などと記述を残しておくべきであろう。毎日同じことを書くのが面倒なら、せめて「同上」とか「矢印マーク」を書いておきたい。

 

■タイムカードの打刻漏れを懲戒事由に

第3は、タイムカードを速やかに打刻しないことや、サービス残業を就業規則上の懲戒事由にすることである。

タイムカードの不正打刻は多くの会社で就業規則上の懲戒事由になっているはずである。しかし、それだけでは不十分だ。

会社が労働時間の管理に対して厳格な責務を負わなければならないこれからの時代、社員にも会社が労働時間を正しく把握するために協力をしてもらわなければならない。

そこで、「業務終了後、速やかにタイムカードを打刻しなかった場合」、「上長の許可を得ずに時間外労働を行った場合」、「部下のサービス残業を黙認した場合」などを就業規則の懲戒事由に追加するのである。

懲戒の重さの程度としては、初回は戒告(始末書)から始め、繰り返す社員には、減給や出勤停止の処分も可能であろう。部下の残業を管理できない上長は、上長たる資格はないので、指導教育しても改善しなければ、配置転換や降格を検討すべきである。

「たかがタイムカードくらいでそんなに厳しくする必要があるのか」という意見もあるかもしれないが、労働時間管理の重要性を社員本人にも自覚させる必要があるし、一昔前の価値観を引きずり「サービス残業は会社への貢献」と勘違いしている社員がいれば、その意識改革を図るためには、これくらいのショック療法が必要である。

また、万が一、労働時間に関することで社員と裁判になった場合、会社として厳格な姿勢で労働時間管理に臨んでいることが裁判官に伝われば、会社にとって有利な心証の形成につながる。

 

■労働時間管理を人事評価項目に

第4は、タイムカード打刻や部下の労働時間管理を人事評価項目にすることである。

会社が勤怠管理を重要事項と位置付けていることを社員に理解させるには、第3で述べた懲戒項目と並び、人事評価項目として位置づけることが有効である。

一般社員は、タイムカードの打刻漏れや、正当な理由が無い15分以上の打刻差が多い場合にマイナスの評価を受けることになる。また、サービス残業を勝手に行って上長から指導を受けた場合もマイナス評価である。

部下を持つ上長たる社員に関しては、自分自身の労働時間管理ができていることは当然だが、部下の時間管理にも責任を持たなければならない。自分の部下にタイムカードの打刻漏れが多い者がいる場合や、サービス残業を放任しているような場合には、部下に対する管理や教育が不十分であるとして、マイナスの評価を受けるのである。

なお、マイナスの評価になるからと言って、部下と上長が組織ぐるみになって打刻漏れやサービス残業を隠すような土壌をつくらないような風土をつくらないように気を付けなければならない。

人事部や監査部などが定期的に見回りをして目視確認をしたり、パソコンのシャットダウン時刻やメール送信時刻とタイムカードや残業申請記録に矛盾が無いかの突き合せチェックも必要であろう。

また、人事部や監査部は指摘をするだけではなく、サービス残業をやめようとしない部下がいる上長の相談に応じたり、上長と一緒に本人との面談を行うなど、フォローやサポートをするという役割も重要である。

 

■結び

ここまで説明してきたような労働時間管理は手間がかかりすぎて非現実的だという意見もあるかもしれない。しかし、社員の労働時間管理は、今や絶対に取り組まなければならない最重要経営課題の1つである。

専門家に相談しながら自社で無理なく定着させられる仕組みを考えたり、最近は出退勤の打刻から残業申請までワンストップで対応できるような勤怠管理ソフトも登場しているので、ITによる勤怠管理の導入を検討することも有力な選択肢であろう。

勤怠管理をしっかり行うことが、会社のリスクを軽減し、また、社員からの信頼を勝ち取って、会社が力強く成長していくためのバックボーンにもなることを私は確信している。