「HR Tech」が「Fintech」より普及困難な3つの理由とその対策

投稿日:2018.01.23|カテゴリー: IT・クラウド

1c90c98f64e536292ab8c1819f9c178f_s
ITテクノロジーを駆使した革新的な金融サービスという意味を持つ「Fintech(フィンテック)」というキーワードは既に広く市民権を得ています。

シームレスなクラウド会計ソフトや経費精算ソフト、オンライン決済・送金サービスなど、Fintechを活用したサービスもB to B、B to C含め、様々な場面で使われるようになってきています。

そして目下は、Fintechに続き、「HR Tech」というキーワードが注目されつつあります。

HR Techは、ITテクノロジーを駆使した革新的なHR(ヒューマンリソース)サービスという意味で、具体的には、給与計算の自動化や、社会保険関係の届出書類作成の自動化・電子化などのサービスが挙げられます。

しかしながら、私が見る限りでは、HR Techの普及は、Fintechの普及に比べ少々難儀をしているようです。

本稿では、私なりの分析を踏まえ、対策案を添えて、理由を3つ説明したいと思います。

 

1.人事制度は会社によって様々

企業会計は一定のルールに基づいて行われますし、所得税や法人税などの計算も、税法で定められたルールに基づいて行われます。ですから、Fintechの世界では、ある程度画一的な考え方に基づいて製品を開発することができると言えるでしょう。

これに対し、HR Techの世界で製品を開発しようとすると、たとえば給与計算ひとつとっても、労働基準法による最低限のルールはありますが、各企業が様々な賃金規程を作っていますので、それらのニーズに幅広く応えられる製品を開発するというのはなかなか骨が折れるものです。

もっと具体的に言えば、Aという会社では欠勤をした場合、基本給のみを欠勤控除の対象とするが、Bという会社では基本給と全ての手当を欠勤控除の対象とし、Cという会社では通勤手当だけは欠勤控除の対象としない、といったように千差万別です。

また、計算するときの分母についても、歴日数にするのか、その月の要稼働日数にするのか、年間平均の月当たり稼働にするのかでも各社の賃金規程により様々です。

このように、欠勤控除1つをとってみても、様々な考え方がありますので、数多くの顧客ニーズを汲み上げて製品を開発していくには、どうしても時間がかかってしまいがちです。

この点、私のアイデアとしては、HR Techと社内規程をセットで売り込むようなビジネスモデルを構築することが効果的であると思います。

給与計算ソフトを変更する際、お客様は「この給与計算ソフトは我が社の賃金規程に対応しているのか?」といったような切り口で相談をしてくることも少なくありませんが、それに対して延々と1つ1つYes/Noのやり取りをするよりも、発想を転換して、「クラウド型給与計算ソフトと、それに完全対応した賃金規程をセットで導入して、悩まず事務の効率化を図りましょう」というようなご提案をするほうが、お客様にとってもHR Techを導入する心理的ハードルが下がるのではないかと私は思っています。

 

2.HR Techは窓口がたくさんある

Fintechで言えば、税金に関する申告先は、基本的に税務署1本です。

しかし、HR Techの世界においては、労災保険は労基署、雇用保険はハローワーク、厚生年金は年金事務所、健康保険は全国健康保険協会というように、保険の種類によって窓口が複数に分かれています。

他にも、「労働保険事務組合」という労災保険の適用に関する中間団体的なものが存在したり、健康保険に関しては、国の健康保険協会だけでなく、「関東IT健保」のような、民間の健康保険組合も数多く存在します。

このように、様々な窓口が存在すること、窓口の数だけ様々な書類が存在すること、窓口によってITに対する考え方に温度差があることなど、「受け側」の多様さ、複雑さによってもHR Techの普及は妨げられていると感じます。

この点に関しましては、国に対して手続の簡略化や窓口の統一化など、「受け側」の効率改善を求めていかざるを得ないと思います。

HR Techを手掛けている各社はビジネスにおいてはライバル関係にあると思いますが、HR Techの普及を国に対して働きかけていくという意味においては、協調して政治活動を行っていく必要もあるのではないかと思います。

たとえば、自動車業界などにおいては、トヨタ、ホンダ、日産などはライバル関係にありますが、国政選挙の際には、「自動車総連」という組織が中心になり、各自動車メーカーや部品メーカーは連携して自動車業界の利益を代表する候補者を立てて、議員として国会に送り込んでいます。

HR Techを早期に普及させるためには、IT業界の利益を直接代表する人に国会で活動してもらうということも有効な一手なのではないでしょうか。

 

3.従業員も巻き込まなければならない

Fintechにおいては、経営者、経理担当者、関与税理士あたりが理解をすれば、たとえばクラウド会計ソフトを導入するということは難しくありません。

しかしながら、HR Techでクラウド給与計算ソフトを導入するにあたっては、従業員がWEB給与明細に抵抗感が無いとか、クラウド経由で社員情報の収集や更新に協力をしてもらうとか、基本的には一般の従業員も巻き込んだ取り組みになります。

電子タイムカードを導入するにあたっても、打刻の基本的なルールや、打刻漏れがあった場合の対応などを従業員1人1人に覚えてもらわなければなりません。

従業員の中に、ITが苦手な方がいらっしゃる場合、「弊社では無理だ」ということで、HR Techの導入をためらってしまう経営者の方も少なからずいらっしゃるようです。

この点における対応法は、HR Tech導入時の従業員教育カリキュラムの構築であると思います。

HR Tech導入による業務効率化は、最終的には従業員の働き方改革につながるわけですから、まずは、「会社が自分たちのためにやろうとしてくれているんだ」ということを理解してもらい、従業員の心理的ハードルを下げることが第一歩です。

その上で、決して難しい操作が必要なわけではなく、分かりやすいインターフェースが用意されており、それに沿って打刻や入力、閲覧などを行えばよいことを丁寧に説明すれば、大半の従業員の方は理解をしてくれるはずです。

そもそも、スマホや、LINEのようなスマホアプリだって、当初はITに詳しい人や若者だけのツールだったのが、今や老若男女含め国民的なツールになったわけですから、やはりITというのは、「慣れ」という部分が大きいのではないかと思います。

 

まとめ

以上のように、HR TechはFintechに比べ導入・普及のためのハードルが高い部分はあるのですが、業務効率化による長時間労働の解消、在宅勤務やワーケーションなど柔軟な働き方の実現などにあたり、HR Techの普及が不可欠なのは間違いありません。

HR Techのソフト自体の成熟度を高めていくことも引き続き重要ですが、ここから先は、HR Techを世の中にどのように普及させていくのかということも、車の両輪として、同じくらい重要なテーマとして考えていかなければならないのだと思います。