残業は「犯罪」である。 ~電通の過労自殺から考える、長時間労働が蔓延する理由~

投稿日:2016.10.19|カテゴリー:

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高橋まつりさんの過重労働による自殺が電通の長時間労働の問題点を際立たせたが、私は、労働時間に対する考え方について、今こそ、労働基準法の原点に立ち返るべきだと強調したい。

■「残業=犯罪」が労働基準法の大原則

我が国に多くの会社において、残業は当たり前の風景になっている。しかし、労働基準法の下記の条文に目を通してみてほしい。

労働基準法 第32条  
1 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。
2  使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。


労働基準法においては、1日8時間、1週間40時間を超えて労働をさせてはならないことが大原則であるということだ。

合わせて、次の条文もご覧いただきたい。

労働基準法 第109条
 次の各号の一に該当する者は、これを6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
一  (前略)第32条(中略)の規定に違反した者
二  (以下省略)


労働者を1日8時間、1週間40時間を超えて労働させた場合には、「6か月以下の懲役、30万円未満の罰金」という罰則まで定められているのだ。

すなわち、労働基準法は、使用者が労働者を1日8時間、1週間40時間以上働かせることを「犯罪」とさえ定義しているということである。

■「サブロク協定」で犯罪が回避されている

それではなぜ、犯罪である「残業」が多くの会社で平然と行われているかというと、そのカラクリは労働基準法の次の条文にある。

労働基準法 第36条  
 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、(中略)労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。


労働者代表と使用者の間で、通称「サブロク協定」という労使協定を結び、会社の所在地を管轄する労働基準監督署に届け出た場合は、その届出内容の範囲で残業は違法ではなくなるということである。

■しかし「サブロク協定」には穴がある

しかしながら、この「サブロク協定」はいくつかの問題点があり、それが労働者の過労死や過労自殺を生じさせている側面がある。

本稿では、その問題点を3つ指摘したい。

■「サブロク協定」自体が形骸化

第1は、そもそも「サブロク協定」が結ばれないまま残業をさせていたり、「サブロク協定」にサインをする労働者側代表の選び方が不適切な場合である。

「サブロク協定」が結ばれていなければ、災害等で臨時の必要がある場合などを除き、1分でも残業をさせたら直ちに違法である。また、「サブロク協定」に署名する労働者代表は、労働者間の互選で民主的に選ばれなければならないのだが、会社に従順な労働者を会社の独断で労働者代表にして、「サブロク協定」にサインをさせてしまうような荒業が使われる場合もあるようである。

実務感覚として、労働基準監督署の調査が入った場合、「サブロク協定」が結ばれていなかったり、労働者代表が民主的に選ばれた形跡が無かったりすると、行政指導の対象にはなるが、刑事罰が適用されることはほとんど無いので、「サブロク協定」の重要性に対する意識が、経営者側も労働者側も、まだまだ薄いようである。

■「サブロク協定」で定められる残業時間は青天井

第2の問題点は、「サブロク協定」で定めることのできる残業時間数の上限が「青天井」であるということである。

「サブロク協定」には通常、「1日」「1週間」「1年間」の単位で、残業をさせることが可能な時間数の上限を記載するのであるが、極端な話、例えば1か月の残業時間の上限を「100時間」と定めることも、理屈上は可能なのである。

なぜならば、労働基準法上には「サブロク協定」により延長可能となる残業時間数は何ら示されていないからである。この点、厚生労働省が、「1か月の残業時間の上限は45時間以内にすべし」など、残業時間の上限の目安とすべき通達を出しているのだが、これに法的な強制力はないので、労働基準監督署は「指導」や「助言」はできるものの、会社が「当社は、1か月の残業時間の上限は100時間で労使合意しているので、サブロク協定を受理してください」といった場合には、受理せざるを得ないのが現行法の解釈なのである。

電通の場合も、報道されている内容によると、1か月の残業時間の上限を、「サブロク協定」で合意された70時間から65時間に削減するとのことであるが、削減後の65時間でも、厚生労働省が通達で示している「1か月45時間まで」の基準は大きく上回っているのが実態である。

なお、この45時間という数字は、厚生労働省が適当に決めた数字ではなく、医学的な見地も踏まえ、1か月45時間を超える残業が慢性化すると、過労死の危険性が生じるので、月の残業は45時間以内に抑えるべきであるという、健康管理上のリスクを踏まえ、定められた数字であることを付言しておく。

■「特別条項」が濫用されている

第3の問題点は「特別条項」が濫用されている傾向にあるということである。

特別条項とは、「サブロク協定」において、1年のうち6回までは、原則的な残業時間数の枠を超えてさらに残業をさせてもよい、という特約のようなものである。たとえば「1か月の残業は45時間までとする、ただし、年6回までは100時間まで残業をさせることができる」というような内容を「サブロク協定」に付記するイメージである。

本来、この特別条項は、経理部の決算時期とか、ホテルのハイシーズンとか、明らかに業務負荷が集中する時期に対応するため、極めて例外的に利用すべきものとして存在している。しかしながら、「とりあえず、年に6回までは長く残業してもらっていいんだよね」というように、特別条項を軽く考えすぎている風潮があるのではないかと私は感じている。

厚生労働省も、リーフレットで「時間外労働は本来臨時的なものとして必要最小限にとどめられるべきものであり、特別条項付き協定による限度時間を超える時間外労働は、その中でも特に例外的なものとして、労使の取組によって抑制されるべきものです」と強調していることを忘れてはならない。

■「モーレツ社員」から「コーリツ社員」へ

友人の社会保険労務士が「これからはモーレツ社員ではなく、コーリツ社員が評価される時代だ」と言っていたのだが、私も全くの同感である。

我が国では、まだまだ「残業は当たり前」と考えられているのが現実だが、「1日8時間、1週間40時間を超える労働は違法である」という労働基準法の原則に立ち返り、今回の電通過労自殺事件をひとつの転機として、すべての会社が残業のミニマム化を図っていくべきであろう。

国としても、「サブロク協定の未提出」や「サブロク協定を超えた残業」をこれまで以上にしっかりと取り締まり、逆に、残業を無くしたり、一定時間数以上削減した会社には、積極的に助成金の交付を行っていくことも残業削減のインセンティブになると考えられる。

その結果、各会社が本気で「短時間で成果を出す」仕事のやり方を考えるようになり、我が国の労働生産性の向上や、ワークライフバランスの実現にもつながっていくのではないだろうか。

高橋まつりさんのご冥福をお祈りいたします。

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